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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)1419号 判決 1982年1月26日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告は、「神戸フロインドリーブ有限会社」の商号を使用してはならない。

2  被告は、神戸地方法務局昭和四四年六月一三日受付をもつてした被告の設立登記中、「神戸フロインドリーブ有限会社」の商号のうち「フロインドリーブ」の部分の抹消登記手続をせよ。

3  被告は、その本店及び支店の各店舗に、「フロインドリーブ」及び「FREUNDLIEB」と表示してパン、洋菓子の製造、販売をしてはならない。

4  被告は、右各店舗、販売するパン及び洋菓子、包装、什器備品、自動車における「フロインドリーブ」及び「FREUNDLIEB」の表示を抹消し、または、その表示のある包装用紙、シールを廃棄せよ。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  (原告商号)

原告A(以下、原告Aという。)は、その先代(原告と同姓同名)が、大正一三年頃から、神戸市中央区中山手通で、「フロインドリーブ」の商号を用いて経営していたパン、洋菓子の製造販売業を引継ぎ、右商号(以下、原告商号という。)を登記した上、これを継続使用してきた。

その後、同原告は、個人経営にかかる右営業を法人組織にするため昭和三〇年一月二一日、原告有限会社ジヤーマン・ホーム・ベーカリー(以下、原告会社という。)を設立して前記営業の一切を承継させ、自らその代表取締役に就任するとともに、原告商号の使用を許諾した。

2  (原告商標)

原告Aは、左記登録商標(以下、原告商標という。)の商標権者である。

登録商標  別紙商標目録記載のとおり

登録番号  第〇七四九二一五号

出願日   昭和四一年二月二八日

登録日   昭和四二年七月三一日

更新登録日 昭和五三年八月二日

指定商品  菓子、パン

そして、原告会社は、原告Aからその使用を許諾された専用使用権者である。

3  (原告らの商品及び営業の表示とその周知性)

原告会社は、前記のとおりパン、洋菓子の製造販売を業としているが、右販売に当たつては、原告商号及び原告商標である「フロインドリーブ」ないし「FREUNDLIEB」の標章を看板、包装等に使用しており、そのパン製品は、大正一三年の創業以来、ドイツ風の高品質のパンとして著名であり、右標章は、京阪神地域はもとより、全国一円に広く認識され、遠隔地からの定期的な注文に対しては航空便で配達する例も多く、また、近年はテレビドラマの舞台にもなり、原告会社本店は観光名所にすらなつている。右標章が周知であることは、昭和五五年六月、被告会社の社員総会において、被告商号中の「フロインドリーブ」の部分が、長年使用し著名であるとの理由で、商号変更の議題が否決されたことからも明らかである。

4  (被告商号とその使用)

被告は、後記7の(一)記載の経緯により昭和四四年六月一三日、本店を神戸市中央区北野町(その後、同市東灘区御影塚町に変更)に置き、「神戸フロインドリーブ有限会社」という商号(以下、被告商号という。)で、パン、洋菓子の製造販売を主たる営業の目的として設立された会社であるが、昭和五五年六月頃から、右本店のほか、国鉄新幹線新神戸駅構内等において、「神戸フロインドリーブ(有)製造、神戸ドイツパン、ビスケツト(クツキー)」と表示を掲げて、パン、洋菓子の製造または販売をなし、その包装、什器備品、社用自動車にも右同様の表示をしている。

5  (原告商号、商標と被告商号の類似、商品及び営業活動の混同)

被告商号は、原告商号、商標に、「神戸」と「有限会社」を付加したにすぎず、「フロインドリーブ」の名称において同一であるから、これらが同一または類似であることは明らかである。

そして、原被告会社とも、右各商号等を商品もしくは営業の表示としているから、一般大衆ないし需要者において、被告の商品及びその営業を原告会社のそれと混同誤認を生じさせており、現に、被告が新神戸駅で営業を開始した際、それがあたかも原告会社の営業であるかのように報道された。

6  (原告らの営業上の利益の侵害)

前記のような被告の商品及び営業活動により、原告会社が営業上の信用及び利益を侵害される虞のあることは勿論、原告会社のように個人的色彩の濃い有限会社にあつては、その創立者で代表取締役でもある原告A個人についても、実質上その利益を害される虞のある者と同視すべきである。

7  (不正競争または不正の目的)

被告商号の使用は、原告Aに対する不正競争の目的ないし原告会社に対する不正の目的をもつてなされたものである。

すなわち、

(一) 被告は、原告会社のパン等の生産が需要に追いつかなくなつたため、その設備の拡充、すなわち工場設備の取得を目的として、原告Aが設立し、自らその代表取締役に兼ねて就任した会社である。したがつて、被告会社は、その設立当初にあつては、原告会社のいわば子会社ないし貸工場的会社にすぎず、専ら、原告会社の従業員が被告工場に出向き、その機械設備を利用してパンを、また、同工場二階一部を貸借して洋菓子を各製造し、これらの製品はすべて原告会社に納入された上、原告会社の商品として販売され、被告が自らその製造販売を行うことは全くなかつたのである。

(二) ところが、昭和五三年七月一七日に被告会社の取締役Bが死亡し、同人がその出資持分を取締役Cに遺贈したため、同人が出資総口数一万四五〇〇口のうち八七五〇口を取得するに至つたところ、C及び社員Dらが相謀つて臨時社員総会招集手続もないまま、原告Aを取締役の地位からおろした上、Dを代表取締役に、C及びEを取締役に新たに就任させたことから、両社間に紛争が生じ、被告は原告会社に対し、前記工場の使用を妨害し、製品の納入を停止したため、原告会社はその禁止を求める仮処分申請をした結果、昭和五四年六月四日、原告ら(原告Aは利害関係人として参加)と被告間において、「被告は昭和五五年五月末日まで製造パンをすべて原告会社に納入し、原告らは被告のパン製造に協力すること、前記工場一部の賃貸借契約は合意解約し、その明渡期限を同日まで猶予する。」旨の裁判上の和解が成立した。

(三) そこで、原告会社は、右和解により期限までに工場を明渡すとともに、昭和五五年五月、被告に対し、被告商号のうち「フロインドリーブ」部分の削除及びその使用禁止を求めたが、被告はこれに応ぜず、新たに製パン技術を有する従業員を雇い入れてその生産を開始し、同年六月頃から前記のとおり、新神戸駅等において被告商号を表示して、その販売を行うに至つた。

(四) 以上のように、被告の昭和五五年六月以降における被告商号の使用は、原告会社の使用禁止の申し入れを無視し、原告商号の知名度、信用度を不当に利用して、これに只乗りする行為であり、不正競争または不正の目的の存することは明らかである。

8  (結論)

よつて、被告に対し、原告Aは商法二〇条に、原告会社は同法二一条に基づき、あるいは原告らは商標法三六条ないし不正競争防止法一条一項一、二号に基づき、請求の趣旨記載のとおり、被告商号の使用、表示の禁止及びその登記(一部)の抹消登記手続等を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告Aが原告商号の登記をしていること、原告会社が主張のとおり設立されたことは認めるが、その余は不知。

2  同2のうち、原告Aが原告商標の登録をしていることは認めるが、その余は不知。

3  同3のうち、原告会社が原告商号、商標を使用して、パン等を販売してきたことは認めるが、その余は否認する。原告会社の営業規模は約二〇坪の本店売場に限られ、月間売上高も僅か六〇〇万円足らずで、神戸市のパン消費量に比べ微々たるものにすぎないから、パンが大衆的食品である点からも、周知性があるとはいえない。

4  同4の事実は認め、同5及び6の事実は争う。原告A自身は何らの営業もしていないから、利益を害されることはなく、したがつて、同原告に商法二〇条の差止請求権はない。

5  同7(一)のうち、被告が原告会社の子会社ないし貸工場であるとの点は否認し、その余は概ね認めるが、原告会社からの出向従業員は技術指導を受けるために派遣されたものであり、また、製造パンの一部は被告の工場店頭で売られていた。被告本店建物は、原告会社への賃貸部分のほかは、被告がパン製造工場及び事務所として使用し、機械設備類も被告の所有で、原材料仕入、商品販売、労務賃支払も被告自らの出捐と責任において行い、資本面でも原告会社の持分構成は極めて少く、被告会社は設立当初から原告会社とは別個、独立した会社であつた。

同7(二)のうち、臨時社員総会招集手続がなかつたとの点及び被告が原告会社に対し工場使用を妨害したとの点は否認し、その余は認める。Dらの代表取締役等の選任手続は、いずれも昭和五三年一一月二一日に有効に行われている。

同7(三)のうち、製パン技術を有する従業員がいなかつたので新たに雇用したとの点は否認し、その余は認める。

同7(四)の点は争う。

三  抗弁

1  (原告らの許諾)

(一) 被告会社はその設立の経緯からも明らかなように、原告会社の生産拡充のを目的に主として原告らが自ら出資し、かつ、その名称も被告商号を付して設立させた新会社であるから、被告会社が被告商号を使用することは、その設立当初より原告らにおいて、当然これを許諾していたものである(なお、被告商号の採用は、原告Aの発案ですらあつた。)

そして、その後も原告らは長年にわたつて右商号の使用を異議なく認めてきたのである。ところが、昭和五三年一一月の被告会社社員総会において、それまで代表取締役であつた原告Aが取締役にも選任されず、代表取締役がDに交替したのを契機に、原告らは商号使用につき異議を述べるに至つたが、被告商号使用に当つては、かかる取締役の交替を予定した条件あるいは留保等が付されていないのであるから(無条件使用許諾)、単に代表取締役の交替を理由に被告商号使用の許諾を一方的に撤回できるものではない。

また、被告設立当初の目的が前記のとおりであつたとしても、企業は情勢に応じて変化発展するもので、いつまでも設立の動機、目的に拘束されるものではないから、たとえ、原告会社への製品の納入が解消してその目的を果たし得なくなつたとしても、これにより商号使用許諾の撤回が当然に許されるものでもない。

(二) しかも、原告らは、昭和五四年六月の前記和解により、被告が昭和五五年六月以降は独自に販路を開き自由に営業を行うことを認めているのであるから、これによつて実質上、被告が引続き従前通り被告商号を継続使用することを改めて承認したものというべきである。

2  (権利濫用)

仮に、被告商号の使用が原告ら主張の時期以降は問題になるとしても、原告らが被告商号の使用を承認していた当時と現在とでは、単に代表取締役が交替し、原告会社への製品納入が解消された点が異なるだけで、その他は従来と変化なくしかも、原告らは被告会社の社員でもあつて、原告らが本件差止請求等の訴を提起するに至つたのは、専ら、社員総会における多数決の結果、原告Aが取締役に選任されなかつたことに対する感情的な立腹に起因するものであり、また被告が一般に販路を求めたのは独立の企業として当然の行為であること等の事情からすれば、原告らの本訴差止等の請求は権利の濫用というべきである。

四  抗弁に対する認否

すべて争う。

第三証拠(省略)

理由

一  原告Aが原告商号、商標の各権利者であること、原告会社が昭和三〇年一月、パン、洋菓子の製造販売を目的として設立され、原告商号、商標を使用してパン等を販売していることは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二、三号証、同第一二号証の一、同第三一号証の一ないし一四、同第三二号証同第三三号証の一、二、同第三四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる同第三五号証の一ないし一一並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告Aは、先代(原告と同姓同名)が大正一三年頃から、原告商号を用いて個人営業してきたパン、洋菓子の製造販売業を引継ぎ、その後昭和三〇年一月にこれを有限会社組織に改めて原告会社を設立してその代表取締役に就任し、右営業の一切を同会社に承継させるとともに、原告商号、商標の使用についてもこれを許諾したこと、右の如き経緯からして、原告会社の実権はすべて原告Aによつて掌握され、あたかも同原告のワンマン会社の観を呈していること、原告会社の製造販売にかかるパン等は、その製法、味等につきしばしばマスコミに取り上げられるなどして、製パン業界においては、比較的長い伝統と相まつて、原告商号、商標である「フロインドリーブ」の表示は著名である上、少くとも、その主要な営業活動地域である神戸市及びその周辺においても、一般需要者に広く知られた存在であることが認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。

二  被告が昭和四四年六月、パン、洋菓子の製造販売を目的として設立され、昭和五五年六月以降、原告ら主張のとおり、被告本店その他において、被告商号を表示してパン等を販売していることは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、原告商号、商標と被告商号とを比較すれば、その要部とみられる「フロインドリーブ」において同一であるから、その類似性は顕著であり、しかも、被告会社が神戸市内に本店を置き同一商品の製造販売を行つていることは当事者間に争いがないので、その商品及び営業上の活動等が原告会社のそれと混同を生ぜしめるおそれがあることは、経験則上明らかである。

三  そこで、被告の抗弁(使用許諾ないし権利濫用の主張)につき検討する。

成立に争いのない甲第五号証の一ないし三、同第九号証の一、二、同第一二号証の二、三、同第一四号証の二、同第一五、一六号証、同第一八号証の一、二、同第一九号証、同第二三号証の一、二、同第二四号証、乙第二号証の二、同第五号証、同第七、八号証、同第一一、一二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一三号証、乙第一号証、同第三、四号証、前掲乙第二号証の二により成立の認められる同第二号証の一並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、他に格別の反証はない。

1  原告会社は、設立以来その業績が毎年上昇し、生産能力が需要に追いつかない状況となつたため、昭和四四年六月、新たに原告商号を付した被告会社を設立し、原告会社の生産設備拡充計画の達成(三年後と予定)までの間、被告会社においてパンの需要分を製造させ、その製品のすべてを原告会社に小売価格の七割の価格で納入(売渡)させることにしたこと、そして、被告会社の代表取締役には、原告会社の代表者である原告Aが自ら兼ねてこれに就任し、原告会社をはじめ、その役員であるB、Cらも被告会社に出資してその社員となつたこと、その存立期間は四年としたこと、しかし、被告商号の使用に関しては、定款及び設立目論見書等においても、特に条件、期限等は何ら付されていなかつたこと(以上のうち、被告会社の設立経緯については、当事者間に争いがない。)

2  被告会社は、設立当初は他から工場を貸借してパン製造を営んでいたが、昭和四六年一月三〇日の社員総会で、新工場の建設など将来の発展を目して増資を決議し、各社員の要請により、原告AB及びCが均等に増資分を引受けることとし、これと同時に、被告会社の存立期間の定めが廃止されたこと、新工場は現在の被告本店所在地に建設され、原告会社の従業員もこれに出向し、その製品の大半は原告会社に納入され、事実上、原告会社のいわゆる子会社としての関係が極めて深かつたこと、しかし、一方では、被告工場の建物、機械諾設備等はすべて被告が所有し、その後増築した同工場二階一部は原告会社に賃貸したり、製品の納入に関しても、原告会社との間で契約により納入数量、価格等が決められていたほか、原材料の調達、人件費、損益等も被告会社自身の出捐と計算においてなされるなど、その資産、経理面では、むしろ原告会社とは別個独立の企業として営業を行つていたこと

3  ところが、昭和五三年七月、被告会社の社員の前記Bが死亡して、その出資持分四五〇〇口が前記Cに遺贈されたため、同人が出資総口数一万四五〇〇口のうち八七五〇口を所有するに至り、これを契機に、原告AとCとの間に紛争が生じ、その結果、同年一一月二一日の社員総会において、原告Aに代わつて社員のDが代表取締役に、CとEが取締役に各選任されたこと、そして、被告は原告会社に対し、前記賃貸借契約の解約及び納入価格の引上げ等を申し入れたが、原告会社はこれを拒否したこと、そこで、被告は、原告Aらが保管していた被告帳簿の執行官保管を求める仮処分(当庁昭和五三年(ヨ)第八六六号事件)を申請し、他方、原告会社は、被告が前記賃貸部分の明渡とパン等納入の停止を通告したのに対抗して、前記工場の使用妨害禁止、製造パンの供給継続等を求める仮処分(当庁昭和五三年(ヨ)第八五四事件)を申請し、いずれもその旨の各仮処分が発せられたこと、そして、後者の仮処分異議事件(当庁昭和五四年(モ)第一二号)において、同年六月四日、原告ら(原告Aは利害関係人として参加)と被告との間で、「被告は昭和五五年五月末日まで製造パンをすべて原告会社に納入し、原告らは被告のパン製造に協力すること、前記工場一部の賃貸借契約は合意解約し、その明渡期限を同日まで猶予する。」旨の裁判上の和解が成立したこと(以上のうち、出資口数の変化、仮処分、和解の点については当事者間に争いがない。)

4  原告らは昭和五五年五月、被告に対し、被告商号中「フロインドリーブ」部分の使用禁示とこれに伴う被告商号の変更を議案とする社員総会の開催を求め、同年六月二七日に臨時社員総会が開かれたが、商号変更の議案は否決されたこと、そして、前記認定のとおり、それ以降は、被告がその本店及び支店において、被告商号を表示してパン等の一般販売も行つていること(以上のうち、原告らの被告に対する要求、被告のパン販売の点については、当事者間に争いがない。)

以上認定の事実関係からすれば、被告会社は、専ら原告らの発案ないし出資のもとに、自らその代表取締役ないし社員となり、しかも、その商号の採用にあたつても、原告ら自らがこれを付して設立させた会社であるから、被告会社の商号の使用については、原告らにおいて、その設立の当初からいわば原始的にこれを許諾していたものといわなければならない。そして、原告らが自ら作成した被告会社の定款ないし設立目論見書によつても、本件の如く、将来、両社間で競業関係が生じる場合を想定して、かかる場合には、被告商号の変更ないしその使用を禁止、制限するなどの条件等は一切これを設けておらず、他に被告との間において、明示ないし黙示の商号使用に関する特約、規約等の存在も認め難い本件にあつては(この点の主張、立証もない。)、

原告らのした右商号使用の原始的許諾は、無条件のものとみるほかない。

もつとも、被告会社を設立した目的が、専ら原告会社の生産を補強する点にあつたことは、前記認定のとおりであるが、右の目的は、被告会社の設立を発起した原告ら社員がその設立を意図した単なる事実上の動機にすぎないものであり(有限会社法六条一号により定款に定められたいわゆる会社の「事業目的ではない。)、そして、設立後、被告会社が本件紛争に至るまでの間、その製品を原告会社に専属的に納入してきたことも、被告会社設立の右動機、経緯、ないし役員共通等の特殊事情があつたがために、事実上、かかる専属的な納入販売が行われてきたにすぎないものであるから、原告らがあくまでその専属関係の維持、継続を求めることは、単なる期待の域を出るものではない、といわざるを得ない。けだし、一旦設立されて独立の法人格を取得した会社が、その後における社会経済状況の変化に対応し、あるいは、会社内部の役員構成の変化、紛争等に伴つて、当初の営業目的やその実質形態が発展的に変わつてゆくことは、企業一般にみられる通常の現象(社会経済的自然現象)であり、しかも、このことは当然予測し得る事柄であるからである。

したがって、若し、原告らにおいて、被告に対し、前示の如き専属関係の維持、継続を望み、かつ、これを条件に商号の使用を許すのであれば、予め(被告会社を設立してこれに法人格を与えた上で)、被告会社との間において、業務提携に関する契約ないしこれに伴う商号使用の制限に関する特約等を締結しておくべきであつて、このような特約等が存しない限り(この点、被告会社の定款にも、専属的納入を定めた制限規定は存しない。)たとえ、本件の如き競業関係を生じたとしても、これを理由に、設立当初より原始的に使用を許諾してきた商号の差し止めを求めることはできないと解するのが相当である。このことは、世上一般にいわれる親子会社とか系列会社などにおける関係が、単に事実上の従属、協力関係を意味するにすぎず、その間に特段の契約(業務提携契約)等がない限り、法律上の関係(法的拘束力)を生ずる余地のないことからも自明の理である。まして、本件の場合、原告らは、その後被告との間で成立した前記認定の和解によつても、被告の専属的納入の期限を昭和五五年五月末日までとしたのであるから、右期限経過後は、被告が独自に他にも販売できることを実質上容認し、かつ、これに伴い当然必要とされる被告商号の続用についてもこれを再確認したものとみるべきである。

以上説示した次第であつて、被告の被告商号の使用は、原告らの承諾(原始的無条件承諾)に基づくものであり、被告に本件競業関係が生じた以後においても、その商号の続用は、少くとも違法性を阻却するものというべきである。そして、被告商号の続用が許される以上、被告がその店舗や商品等にこれを表示して製造販売を行うことも、当然許容されてしかるべきことはいうまでもないところである。(結局、原告らの主張する本件商号等の差止請求は、要するに、被告会社設立の単なる動機ないし意図に法的効果が付与されることを前提とするものに帰し、到底首肯し難い。)

しかのみならず、仮りに、何らかの意味において原告らに被告商号等の使用を差し止める権利があるとしても、被告商号の続用により、原告会社が営業上何らかの損失を被るであろうことは容易に推測できるが、しかし、反面、被告会社が原告会社と競業関係を生ずるに至つた唯一直接の原因は、専ら会社内部の紛争(役員間の勢力争い)に起因するものであり、かかる役員同士の私的紛争の結果、原告Aがこれまで事実上支配してきた被告会社に対する実権を失い、必然的に原告会社とも競業関係になつたからといつて、この一事をもつて、設立以来、自ら原始的に一〇年以上も長期間その使用を許してきた被告商号の剥奪を許容することは、これにより一個の企業としてそれなりの名声と信用を得て社会的にもその存在を認められてきた被告会社に対し、その存立、存続自体にかかわる決定的打撃を与えかねないことは必定で、まさに、死を宣するにも等しい痛烈苛酷な報復措置というべく、これら双方の利害得失、その他諸般の事情を比較考量すれば、原告らの本件差止権の行使は、明らかにその濫用にもあたり、到底許されないところである。

四  よつて、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないのでこれを棄却し、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高林克己 楠賢二 杉山伸顕)

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